梁と架構美と、土間が特徴の「雨楽な家」は2000年に広島で誕生しました。開発したのは株式会社リックの代表である丸山 景右(まるやま けいすけ)です。

丸山がどんな想いで「雨楽な家」を開発したのか、その誕生秘話をお伝えしたいと思います。

株式会社 リック 1級建築士事務所

代表取締役 丸山 景右

●積水ハウスに入社

丸山は高校時代、野球部でピッチャーとして活躍し、3年生の夏は愛媛県大会で準々決勝まで進み地元を沸かせました。早慶戦に憧れていましたが、大学受験に失敗し断念しました。

1971年に松山大学を卒業後、積水ハウスに入社しました。当時は住宅といえば木造住宅が全盛で、プレハブ住宅の積水ハウスの知名度は低く、名刺を渡すと「ツミキハウス」と読まれることも珍しくありませんでした。新人時代の丸山は住宅営業の仕事に無我夢中で取り組みました。入社した時は建築の素人でしたが、二級建築士や宅地建物取引士、そしてプレハブ建築技術士の資格も独学で取得しました。

●「木の香りがしない」に揺れ動く心

積水ハウスでは、建物の完成見学会でお客様からよく聞かれました。「どうして、この家には瓦が載ってないの?」「なぜ、塗り壁ができないの?」鉄骨プレハブと木造との違いを厳しく問われました。それを受けて、「お客様がこんな家を望んでいます」と当時の社長に提案すると、すぐに新商品に反映される良き時代でした。丸山はお客様の声に応えて、制約の厳しい工場生産部材を使いながらも、次々に新しい住宅を提案していきました。

1984年に鉄骨プレハブで「数寄屋の家」を建てました。そのとき事前に丸山は、数寄屋を手がける工務店のもとに出向いて教えを受け、日本の伝統的な家づくりに感動したものです。

プレハブの「数寄屋の家」が完成し、見学会の会場で、あるご夫婦のささやきを偶然耳にしました。「木の香りがしない。この柱は貼りものよ」無垢の桧の柱でないことを指摘され、丸山の心は揺れ動きました。

●夢の実現のため40才で独立

積水ハウスでトップ営業マンとして雑誌で紹介されるほどの実績を積んだ丸山は、その後、広島営業所長、そして大阪本社の事業部次長を務め、「住宅営業マンの地位を高めたい」という長年の夢を実現するために40才で独立しました。住宅コンサルタントとして挑んだのは、バブルのはじける直前の1989年でした。

 

実戦で積み重ねたノウハウが貴重な財産となり、全国の住宅会社から社員教育の指導者として声がかかりました。販売力強化のためのコンサルティングと実践的な能力開発の指導に尽力しました。著書の執筆も手がけながら、住宅会社を支援する充実した毎日が続きました。

しかし一方で、木造住宅を手がける工務店への指導は、やればやるほどジレンマが大きくなったのも事実です。丸山が積水ハウスで経験してきた営業の手法を、工務店にそのまま当てはめるのは無理があったことが大きな理由でした。

「丸山さん、あなたはプレハブの積水ハウスの出身だ。大手住宅メーカー出身のあなたに、木の心はわからないでしょう」そんな声なき声や、まなざしと遭遇することもたびたびありました。

●丸山が育ったのは松山の町家

愛媛県松山市に今もある丸山の実家は、築75年ほどの木造軸組の町家です。敷地はウナギの寝床型で細長く、昔ながらの通り土間があります。台所は隣の家とのわずかなすき間から差し込む微妙な光が、独得の味わいをかもし出しています。丸山は生まれ育った、その家の落ち着いたたたずまいが大好きです。

1995年の阪神淡路大震災をきっかけに、丸山は木造軸組工法の勉強を本格的に開始しました。各地の木造建築の現場を見学しました。質実剛健な寺社建築から数寄屋、わびを表わす茶室、尾州ひのきの住宅まで。どの建物にも伝統の匠の技が息づいています。職人さんの手仕事に感動を覚えました。知れば知るほど奥深く、興味の尽きない未知の世界が目の前に新たに広がっていくのを丸山は実感しました。

●自分が理想とする木の家を建てたい

日本の家づくりはこの半世紀の間に大きく変化しました。街並を見ても住宅展示場を見ても、国籍不明の住宅が建ち並んでいます。丈夫で量産でき、きれいで施工しやすい資材が求められるのがプレハブ住宅です。工務店は大手住宅メーカーの家づくりを追随し、無垢の木の構造美や、職人の手仕事を放棄しました。本物の素材の良さを忘れ、一見きれいで安易な家づくりに方向転換したことが、木造軸組の家の人気低迷の原因です。そんな状況のなかで、丸山は日本の住まいの歴史や木造住宅のつくり方、地球環境、国産材や自然素材を使った健康な家づくりを勉強しました。そして、ある確信をつかみました。

 

それは、無垢の木をふんだんに使い、木構造の美しさを活かした、日本の伝統文化を感じさせる家づくりです。新しい木の家を、若い人たちに手の届く価格でおしゃれにつくることができれば、これからの住まいのスタンダードとして確立できると考えました。そして丸山は、自分の手でどうしても木造軸組の家を建てたくなりました。本気で工務店の家づくりを支援するためには、机上の議論だけでなく、自分の理想とする木造住宅を自分で建てるべきだと決心したのです。

●自然素材と職人の手仕事を活かす家づくり

丸山が設計施工スタッフと共に試行錯誤しながらつくった木造軸組の家は、2000年10月に広島市で完成しました。コンセプトは「雨の日も楽しく暮らす」という自然との共生。雨、太陽、木、土、空気などの自然の恵みに感謝し、日々自然を楽しもうという思いが込められています。そして、その家を「雨楽な家」と名付けました。

本物の材料で職人の手仕事を活かしながら、若い人たちにも手の届く価格で建てることができれば、多くの人に受け入れられるに違いない、と考えました。

「木にこだわる家づくり」には、次のような大きな意義があります。

①日本の伝統文化である木造の復権

②木造の技術を継承する職人の復活

③国産材の活用による林業の活性化

④化学物質を排除した健康の確保

⑤地球環境の保護と住文化の向上

⑥技術力を命とする工務店の活性化

木造軸組工法は常に進化するものです。これからも家づくりの工業化は進むでしょう。しかし日々暮らす家ぐらいは、生きた自然素材を使い、職人の手仕事でつくる方がいい、と誰もが認めています。

そして、子育て家族はその良さにきっと気づくはずです。

完成した「雨楽な家」のモデルハウスを全国の工務店さんに公開したところ、数多くの工務店さんから「一緒にやりたい」と声がかかり「すぐやろ工務店会」が発足しました。今では「雨楽な家」は全国各地に建てられ、さらなる進化を続けています。

もっと知りたい「雨楽な家」

● 雨楽な家 推進本部

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